奴隷の誕生日を心から祝う自分に驚く

2021年9月12日


キスをしながらも、あとからあとから
「誕生日おめでとう!」の言葉が出てくる

子供の頃に楽しみだったのは友達の誕生会。理由はよそのお家でごちそうが食べられるから!そう、別にその友達の誕生日を祝っているわけじゃないよ。

大人になってからは他人の誕生日を祝うということをあまりしなくなった。お誕生会も呼んでもらえないし…って、決してスネているわけではないんだ。普段は人付き合いの悪い〝Y〟だからね。それに何で単に生まれたのと同じ日付というだけで毎年お祝いをしなけりゃいけないの?そう思ってしまう。

だから自分でも自分の誕生日を祝ったりもしない。基本、そうした記念日系のことには淡泊な人間なんだよね。人呼んで「ひねた人間」(笑)。

そんな〝Y〟でも、今年、〝ゆえ〟の誕生日はいつもとは違った。

5年目に突入した〝ゆえ〟と〝Y〟の関係。主従関係を軸としながらも、ここ最近は色々な意味でのつきあい方になってきた。「ムニムニ関係」と我々は呼んでいる。そのうち詳しく書くかもしれないけど、「唯一無二の関係」ということ。そこから「ムニムニ関係」という名前をつけちゃった。そうそう、そういえば、この「唯一無二」という言葉は、相互リンクを貼っていただいているYZさんとRUIさんのブログにも出てきて驚いた。我々と同じだっ!て。

でも、ここまで順風満帆というわけではなかったのは、このブログに繰り返し書いてある通り。

今年、めずらしく〝ゆえ〟の誕生日当日に会うことができることになった。二人で美術館に行き、街を散歩して、そして、ホテルに。ちょっと贅沢なホテルを選び、そして、ワインとビールで軽く乾杯。「〝ゆえ〟、お誕生日おめでとう!」って一言。

その後、ベッドに。

そこで自分自身の異変を感じたんだ。

「〝ゆえ〟、お誕生日おめでとう!」とまた口をついて出てしまう。

人生「ウン十年」生きてきて、さすがにこのセリフは子供の頃のお誕生会を初めとして儀礼上、何度も口に出しているはず。でも、今日は心持ちが全然違う。つまり、自然に、本当に自然に口をついて出てきてしまう。いや、それどころか、言いたくて言いたくて仕方が無いんだ。

こんな経験は生まれて初めて。

言葉が心と一体になって出てくる。

なんと言えばいいのかな…。言葉に嘘偽りがなく、本当にスムーズに、自然に出てくるんだ。まるで言葉が生き物のように。

生まれて初めて他人の誕生日が嬉しく感じられる。

〝Y〟にとって〝ゆえ〟は唯一無二の存在。そして、〝ゆえ〟のおかげで素敵な主従関係を持つことが出来た。まるでずっと探していた人生というジグソーパズルの最後のピースをやっと見つけた感じ。

つまり〝ゆえ〟がこの世に生まれてこなければ〝Y〟と出会うこともなかったし、〝Y〟がこんなに幸せを感じることもなかったわけだよね。

ということは、〝ゆえ〟への感謝とともに、〝ゆえ〟の誕生に心から感謝するし、〝ゆえ〟を産んで下さった〝ゆえ〟のご両親にも感謝。そんな気持ちが「お誕生日おめでとう!」という言葉となって、心からあふれ出てきたというわけ。

結局、この日は別れるまで何度も何度もこの言葉を繰り返していた。この自分の心持ちには本当に驚いちゃったよ。〝Y〟はいままで比較的ドライな人間だと自分で思っていたから。

一方で〝ゆえ〟はひたすら恐縮していたけどね。(^^)

そして、人生も折り返し点を過ぎてはじめて、誕生日を祝うという本質的な意味が理解できたような気がする。

あらためて、〝ゆえ〟に感謝。

とはいえ、「お誕生日おめでとう!」と言いながら拘束された〝ゆえ〟を鞭で打ったりして激しく責め続けるのだから、やっぱり「S」という人種は…。端から見ていたらおよそ理解できないよね(縛)…、あれ?じゃない、(爆)!!