SMとDVの境界線 ~ 昭和歌謡『恋の奴隷』から

2022年11月30日

鞭打ちだって2人の合意の上!
アルファイン203号室「女囚の檻」での〝ゆえ〟

奥村チヨさんという名前を聞いてすぐにピンときちゃう人は〝Y〟と同じ昭和生まれの方。それも、昭和の40年代より前に生まれた方じゃないかな。

その代表曲に「恋の奴隷」という歌があるんだ。作曲は鈴木邦彦さんで、作詞は2年前に亡くなった、なかにし礼さん。

その歌の歌詞って、結構強烈。

歌詞はこちら(Uta-Net)

実際の歌声は(Youtube)
https://www.youtube.com/watch?v=yPnb28PQEpk

ある女性の心理を歌ったものなんだけど、男性と出会って「恋の奴隷」になっちゃったというところから始まり、自分が悪いときは「どうぞぶってね」と来たところで、当時初めて聞いた人はみな「ぶったまげて」しまったに違いないよ。

さらに2コーラス目では右を向けといわれれば右をむくし、影のようについていく……と、「奴隷感」満載。

そして、タイトルの通り「あなた好みの」女になりたいと締めくくる。

男女の関係というのは、当時はこんなのが当たり前だった……という人もいるかもしれないけど、必ずしもそうではなく、だからこそ当時ですら衝撃的&強烈な印象で、大ヒットしたのだと思うよ。

でも、現代ではもう完全にアウトな世界だよね。

だって、今この歌を聴くと「DV」を連想してしまう人が多いだろうから。

奥村さんご自身も歌うのはためらわれたと後で告白していらっしゃるし、NHKでは内部規則に抵触するために紅白歌合戦でこの歌を歌わせてもらえなかったという話だし……。(Wikipediaの記事より)

ただね、ちょっと考えてしまうのは、DVとSMとの境界線について。

「ぶって下さい」と女性の方から言わせるというのはSMの調教では良くある話。

この言葉を発することで自身のM性が高まって、快楽を覚える女性もいるし、逆にこの言葉を聞いてS性が高まり、大いに興奮する男性もいる。

そして、それはSMという非日常の世界だからこそ許されることであり、悦びにもなるよね。

フェミニストでもある〝Y〟は日常生活で女性に手を上げたことは一度も無いけど、〝ゆえ〟とのSM調教ではたまにビンタを張ることがある(もちろん〝ゆえ〟との合意の上でね)。

なかにし礼さん、書かれた自伝的小説「黄昏に歌え」には何度もSM的な描写が出てくる。女性から「私をぶって」とせがまれる一節も。

なかにしさん、実はSM愛好家だったのかもしれない。

そうなってくると話は違ってきて、この歌も、そんな二人のSMの世界を歌ったものだった……という新説(珍説?)を出してみたい〝Y〟だよ。

とはいえ、一方で、SM行為とDV行為を勘違いしちゃう人が世間にはいるのもまた確か。

でもそれはダメ!勘違いしないSMって、一番大切な基本。

そう、SMって、本来は相手に対する思いやりや、相手の感情を感じ取る感性がないと出来ない行為だからね。

〝Y〟も今までのSM人生を振り返ると、学んだことが多いし、今も学び中。

ごくたまに、今でもこの歌を耳にすることがあるけれど、そのたびにいつもそんなことを思ってしまう〝Y〟だよ。