我がフェティシズムの軌跡 3 青年期
これがその本。今見てもときめくなぁ…。
高校生になると行動範囲がぐっと広がる。やんちゃにもなる。必要な所に毛も生えてくる。否が応でも大人になってくる…。やや女性的な体つきの〝Y〟はそれが残念だった!ああ、このままヒゲも生えて、「おう、オヤジよう、金くれよ」的な高校生になるのか…。
閑話休題。
大きな町の大きな書店でアクアラング(スクーバダイビング)の写真解説入門書を手に入れる。見つけた時、うれしかったなぁ。いままで百科事典かなにかくらいしかお目にかかれなかった写真。しかも写真集みたいな装丁!これはもう完全なバイブル。黒のウェットで全身を固め、フードも身につけた数多くの写真に全身がふるえる位に感激。いつかはこんな風に自分もしてみたい!
でも、なぜだろう?
思うに、まず、皮膚全体を覆っているトータル・エンクロージャー(この言葉を知ったのはずいぶん後だけど)の身体拘束感覚。そして、口にマウスピースを咥えていなければ呼吸ができないという被虐感があり、まさに黒のウェットスーツ&アクアラングは自分自身の欲求を刺激していたと思うんだなぁ。
一方でSM感覚も順調に発達。高校3年の受験の日、泊まった旅館の部屋に置かれていた読み古された漫画雑誌。そこには女性のSM風イラストが数多くあった。これは感動!さらに我が家では親が密かに隠し持っていた成人雑誌を大量に処分しようとしていたところを救出。う、オヤジさん、こんな趣味あったんだ。一皮むけば大人はみんな同じ…そのときに知ったよね。
やがてSMというカテゴリーを知り、雑誌「SMスナイパー」や「SMセレクト」などを時折買ってみたりしていたんだ。最初は書店でレジのおばちゃんに差し出すのが恥ずかしくて。いや、男たる物、苦しみを越えて楽しみを得るのだ。かのベートーヴェン様も言っていたじゃないか(そーゆー意味ではないだろっ!)。でも、次第に熱が冷めていっちゃった。そこに出てくるのは縄拘束ばかり。その頃、不思議なことに縄拘束は次第に興味を失ってきたんだ。不思議だネ。最初はあれほど興味があったのに。
日活ロマンポルノの上映館で「花と蛇」を見たけれど、こちらも縄拘束が中心でそれほど興味を覚えなかった。嗜好の変化って面白いよね。当初は縄にも萌えていたのに、だんだん、縄でなく、革系のものに興味が。そう、革拘束への興味が次第にどんどん増してきたんだ。それには理由が…。
この白黒写真がきっかけ。
きっかけは雑誌に掲載されたある一枚の写真。その写真はなんだか映画の一シーンのよう。ちょっとすけべそーな男性(ごめんね有働君)が、両手を革の枷で吊り拘束された女性に革の責め具を付けているところ。胸には黒革で胸の部分に穴の開いたブラジャーのようなもの。そして、腰にはこれも黒革のショーツのようなもの。この写真を見たときには震えるように感動したんだ。みんな今まで見たことのないグッズばかり!でも、これぞまさに自分が求めていたもの!という感じ。
でも、それが何の映画のシーンなのかわからない。しかも、本当に映画なのかも。(後日記事に書くけれど、その後数年でこれが「女教師縄地獄(主演・麻吹淳子)」という日活ロマンポルノの一シーンとわかり、革具を販売するお店も見つけちゃうんだ…)
でも、多分ロマンポルノに違いない…そう狙いを定めて、ぴあをめくること30分。それらしいタイトルを見つけ、別の県にある映画館までわざわざ出かけたこともあったんだけれど、結局、そのシーンには出会えず。それに他の革拘束などにも出会えなかったので、映画の世界に探すのはこれにて打ち止め。
もひとつ想い出を。
〝Y〟はその頃とても可愛い娘とつきあってた。ちょっとできすぎなくらい。で、彼女とつきあったきっかけがまたフェチ。彼女、素敵な黒革のブーツをはいていたんだ。それがきっかけ。うーん、自分にあきれてしまうね。
でも、その後彼女に裸で革のブーツだけを履かせてセックスしたりしてたから…びょーき。そう、実際の性行為でもフェチな傾向は強い強い。で、これもまた不思議なんだけど、その頃から自分の中にあったM的傾向はどんどんなりを潜めちゃったんだ。分析すれば…女性にそうした自分の欲望をかぶせ、そして責めたいというS的傾向に転じたんだろうね。多分、責められるべきは美しい人でなきゃ!美しくない自分が女性に責められるというのは、想像したくないし、また、苦手に思えてたんだよね。
でもね、この部分、本当は重要。もっと深く掘り下げいくと…、つまり、以前に妄想していた、自分が責められるというのは、誰か他人に…たとえば女性の女王様などでに責められるのではなく、ただひたすらエンクローズされた中で自分が果てたいという欲求なんじゃないか。そーなると、多分、Mとは少し違うんじゃないかな。
もちろん、まだ学生だったから、その頃は大きな違いを理解できなかったと思うんだ。それに、自分の好きな革拘束や猿轡は当時はSMのもの。つまり、モロSMじゃん?という感じだったから。でも、密かに感じてた。世に言う一般的なM、女性に責められることに喜ぶというM性は〝Y〟のようなエンクロージャー系フェチシズムとはどうやら違うんじゃないかって。
ただね、当時まだそういった用語もなかったんだ。だからどう、自分の習性を理解していいのかよくわからなかった。エロ本業界やAV業界もそーだったんじゃないかな。だから、フェティッシュとSMは渾然一体となっていた…。
自分が追い求めているフェティッシュな趣味って何?本当に世の中に存在するの?それがとても不安だったなぁ。自分って変なのでは?そして、その自分の求めている何か訳のわからない欲求は一生満たされないものであったらどうしよう。若者特有の不安っちゃぁそうだけど、それがエッチに関して深刻な悩みだったよね。誰にも相談できないし。今のような情報がネットで簡単に手に入る時代ではなかったんだよね。まさに混沌の時代だったなぁ…。
(続く)