我がフェティシズムの軌跡 2 少年期

2021年10月3日


これが当時持っていた本にあった「アクアラング」。
当時のウェットスーツはこうしたシンプルな黒色デザインで
フード付きの装備が当たり前だった。
ただし、レギュレーターはシングルホース。
大好きなダブルホースが過去の遺物になりつつあった。
この写真、何度見てもシビレるぅ!

中学に入ると、異性への興味も強くなってきた。そう、エッチなものが遠くから誘っているような…。でもね、まだ自分では何だかよくわからない。そんな時だよねぇ。同級生は女の子の方が耳年増で一歩先に行っているって感じだし。

さて、そうは言っても第二次性徴。雑誌の広告で女性が裸で縛られているイラスト(確かケン月影さんのものだった)に胸が高鳴ったり、あるいは、新聞で女性が裸でベッドに手足を拘束され、電気拷問を受けているイラスト(南米某国での実話のイラスト)などは密かに切り抜いて親に内緒で隠し持っちゃってた。皆さん、経験あるでしょ?古雑誌や新聞の収集日はそれがばれないか怖くて怖くて、ハラハラドキドキ。

その後、完全に異性に目覚めてからは、ややSM的でフェティッシュな趣味も、それを女性を対象としてしか考えなくなってきた。うん、見た目には正しい(?)成長の仕方…。

でも、一方で自分自身が同じような状況(拘束される)に陥ってみたいという気持ちもありながら、どこか、それが恥ずかしいことのように思われたのも確かなんだなぁ…。つまり、ホンネの部分では自分をいたぶりたいM性がありながら、性に目覚めてからはそれを無理矢理S性に逆転させていたような気もする。そう、社会的に、生物学的に自分が男であることから、女性っぽいMだなんてダメと自分で判断しちゃったみたいなんだ。多分。

さて、このころに新たに興味をもったものに、ヘルメットがあった。特にバイクのもの。それも耳まですっぽりと覆うタイプのものに惹かれた。やっぱりこれもトータルエンクロージャーとしてのフェチの一部なのかな。

また、年頃から、電気工作にハマったのだけれど、それで低電流&高電圧の電気回路を作り、自分のPを刺激することなども覚えている。うん、やはりM性があったのかもしれない。

とはいえ、やはりこのころの一番の魅力は依然、アクアラング(スキューバ)だった。当時家にあった本の「アクアラング」の項目の写真は何度見てもうっとりするものだった。自分がその黒のウェットスーツに包まれた格好でいたらどんなにステキだろうと何度も何度も考えるのだが、実は泳げない自分には永久にそのときがくるとは思われず、ただただため息をついていたよ。

その頃、よく想像していたのは、自分がこのウェットスーツで全身を覆われ、口にレギュレーターをくわえ、そして、水槽の中に入れられて囚われているというシチュエーション(後年、まさにこのシチュエーションに特化したサイトや雑誌を見つけることになるのだけれど…当時は思いもよらず。そうそう、あと、「ウルトラセブン」でも主人公が沼底で同様の状態に置かれる場面が登場していたね。覚えている人、いる?)。

夜、ベッドの中でこうしたことを考えると、いても立ってもいられなくなり、猛烈に腹部が熱くなる。当時は不思議だなぁ…もしかしたら、これがあの「中*時代」や「中*コース」で読んだ射精とやらにつながるのかな…と思いつつ…。まだ、精通してなかった頃。

で、こうした想像を繰り返していったある日、初めて射精を体験。うーん、厳密に言えば、実際に射精したときは、オリビア・ハッセーの写真を見ていたからなぁ…。初めての射精は女性が相手だったわけで・・・一応ノーマルだったんだよ(笑)。それにしても、Pの先から精液がほとばしり出てくるのには驚いた…。

それから…、うーん、これはちょっと告白が恥ずかしいけど、実はこのころは自分の裸が結構好きだったりしたんだ。というのも、ウェストがかなりくびれていて女性的だったからなのだよ。そのウェストをさらに革のベルトで締め上げるなどして、見入っていた。うわぁ~恥ずかしいぞ!!ナルシズムの傾向もあったんだね、今考えると。

今やフツーのオッサンである〝Y〟にも、そんな時期があったのだよ!

自分で言うのも変な話だけど、そういえば、このころはなぜかクラスで女の子達に人気があったなぁ。何人か「好きだよ!」と言ってくれる女の子達がいた。何て素敵な時代だったんだ。その裏返しでその後がね…。〝なみ〟と出会うまでは結構不遇だったよん。

今やフツーのオッサンである〝Y〟も、やっぱり、そんな時期があったのだよ!!(シツコイかな…(爆))

でも、その頃、彼女たちを縛ってみようなどとは思わなかったのは本当によかった。変態!と思われなくて・・・。って、当時はみんな男女交際はマジメだったなぁ。

(続く)